「感電した人の救助にはドロップキック」は正しいか?
X(Twitter)を見ていたらこんな投稿が流れてきました。
またか。この画像は4年ほど前にも話題になりました。下は当時のTogetterまとめです。
感電している人には「ドロップキック」!?とあるイベント会場の注意書きにビックリする
要はパクリ投稿なのですがそれはさておき。
真偽のほどはわかりませんが、ドロップキックで実際に救助に成功したという記述も一応あるにはあります。
入社10日目で上司が目の前で感電し業者さんがドロップキック!『もうちょっとで感電するところだったわー』 – Togetter
でもこれってほんとに正しいのでしょうか?そもそも人に飛び蹴り食らわせるってやばくないですか?と疑問が湧いたので調べてみます。筆者は電気主任技術者などの資格取得者ではないのでそこは悪しからず。
Contents
誰がドロップキックを推奨してるの?
「感電している人の救出方法」のピクトグラム自体は、2015年にはすでに出回っていたようです。
感電してる人の救出方法はドロップキック。間違っても素手で掴んじゃいけない | ガールズちゃんねる – Girls Channel –
しかし、感電した人はドロップキックで救助しろなんて、そもそも誰が言い出したのでしょうか。出所が謎です。調べても見つけられませんでした。
厚生労働省の職場のあんぜんサイトには、感電の被災者の救助方法に関する記述は見られませんでした。
職場のあんぜんサイト:感電[安全衛生キーワード] (mhlw.go.jp)
Wikipediaにはこう書かれています。
なお、感電時はドロップキックや裏拳で弾き飛ばすのが良いという俗説がある。しかしながら、これは自身や周囲の人間も感電する可能性が高いうえ、ドロップキックの衝撃で二次災害(骨折・打撲等)へとつながりやすいので、行うべきではない。また、高圧での感電では、安全靴やスニーカー、通常の長靴の底ゴムではほとんどといっていいほど無力なので、決して行ってはいけない。 |
関西電気保安協会の資料のp.11には、実施事項として「二次災害の防止」(感電防止、電源を開放、一定区域の立入を禁止)が挙げられています。また、救出は下記のように書かれています。
- 1.迅速に行うこと
- 2.必要最小限の移動にとどめること
確かにドロップキックは「迅速に行う」ことが可能な手段のひとつですが、これは明確にドロップキックを推奨する記述ではありません。
こちらのYAHOO!知恵袋はよくまとまっており、参考になりそうです。ドロップキックはあながち間違いではないとしつつ、足元がぬれている場合など、ドロップキックが危険な場面についても言及されています。
工場や工事現場で感電している作業者を発見したら「蹴って助けろ」は… – Yahoo!知恵袋
ドロップキックは効果的なのか
冒頭の投稿へ賛同する意見を読んでみると、おおむね下記のようなことが根拠として挙げられているように見えます。
- うかつに触ると二次被害のおそれがある
- なるべく短時間で引きはがすことが重要
- ジャンプすることで電気の通り道が遮断されるので自身の感電を防げる
- 靴底は絶縁性にすぐれている
○:うかつに触ると二次被害のおそれがある/ なるべく短時間で引きはがすことが重要
これ自体は妥当性がありそうです。下記リンク先の通り、ある大きさ以上の電流が人体に流れると、筋肉が収縮して思い通りに動かせなくなってしまうことは広く知られています。このため、感電した被災者は自力で脱出できなくなってしまうわけですね。。そして感電の危険性は、人体を流れる電流の大きさ×流れた時間で表されます。道具などを準備しなくても素早く繰り出すことができて、被災者の体への接触時間が短いという点では、ドロップキックはよさそうですね。
感電災害の防止対策 | 音声付き電気技術解説講座 | 公益社団法人 日本電気技術者協会 (jeea.or.jp)
○:ジャンプすることで電気の通り道が遮断されるので自身の感電を防げる
空気の絶縁耐力は3kV/mmと言われており、空気は電気を通しにくいとされます。救助者が空中に浮いている間は確かに比較的安全でしょう。でも着地した後のことはどうなるの?という疑問が残りますが。
△:靴底は絶縁性にすぐれている
常に絶縁性保護具を着用している職種の方は確かにそうかもしれません。例えば低圧用の保護具なら3,000V/1分間の電圧をかけても絶縁性が保たれることを試験で確認しています。ですが一般の工場労働者が着用しているであろう普通安全靴には、靴底の絶縁性について特段の要件はありません。重作業用の安全靴なら、保護性能を高めるためにつま先に鋼芯が入っています。静電気スパークによる引火防止のために危険物取扱者が使う静電安全靴なら、23±2℃の温度条件で靴の抵抗値が1.0×10^5~1.0×10^8Ω以内に収まることが求められます。
素手で触れることに比べれば靴底で触れるほうが確かにましですが、長い木の棒など、ほかの手段があればそちらを検討すべきです。
日本安全靴工業会 |安全靴とは (anzengutsu.jp)
見落とされている視点
上記の検証を見ればドロップキックにも一定の合理性がありそうです。しかし検証では触れられていないことがあるので問題提起したいと思います。あくまで私見としてお読みください。
自身の安全が確保できない
ドロップキックで被災者を救助するには、
被災者に接近する→ドロップキックを繰り出す→被災者を感電経路から引きはがす→自身が着地する
という工程を、自身が感電せずに成功させる必要があります。
感電しているとき、どのような経路で電気が流れているかは目に見えません。そもそも安全にドロップキックを当てて、着地できるという保証がないのです。失敗すれば救助者も感電します。それに、通電個所を握りこむように感電していたら、引きはがしに失敗する可能性もあります。直接手で触れるよりはましだというだけで、そもそも被災者に接近して引きはがすこと自体が救助者にとってリスキーな方法なのです。
蹴りによる被災者へのダメージのおそれ
みなさんはドロップキックをした/されたことがあるでしょうか。私はないです。Wikipediaによると「ドロップキック ( 英語: dropkick )は、 プロレス における 攻撃の技 である。」とあります。
体を鍛えぬき、血の滲むような練習を重ねたプロレスラーが、周囲に障害物のないリングでようやく繰り出せる技です。周囲に安全が確保されていない作業場で、それを一般人にぶつけてよいものでしょうか。しかも相手は感電による筋収縮で体の自由が利かない。
もし蹴られた被災者が転倒して脳挫傷でも起こしたら?救助するつもりが、却って取り返しのつかないことになるおそれはないでしょうか。
まとめ
感電した人の救助にはドロップキック、誰が言い出したのかは結局謎のままです。
感電した人の救助は下記順序で検討することをお勧めします。
①ブレーカ等で電源の遮断
②長い木の棒等を介して、なるべく近づかないで引きはがす
③いずれも間に合わない場合は仕方なくドロップキック
補足情報やご意見などありましたら頂戴できますと幸いです。お読みいただきありがとうございました。
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